【安保の歴史を知ろう vol.1】 ~60年安保闘争 新安保締結への動き~

現在、これまでにないほど政治に対する関心が高まっています。それは安保法制によって「戦争に巻き込まれるのではないか」という不安を抱く人がとても多いからです。国会を取り巻く人たちの中には若者や女性の姿も多く、「憲法違反」「戦争法案反対」などを強く訴えています。憲法解釈を変えるという判断が、国全体を揺るがしているのです。

この問題を考えるときに、過去の経緯や社会を知らなければ本当の姿は見えてきません。そこで、本コラムでは、60年安保、70年安保のことを紹介していきます。

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昭和32(1957)年6月21日、岸信介首相は、アイゼンハワー米大統領と共に「日米関係が共通の利益と信頼に確固たる基礎を置く新しい時代に入りつつあると確信している」という声明を発表しましたが、その具体的な動きが安保条約の改定でした。

新しい条約の正式名は日米相互協力及び安全保障条約(日米新安保)です。この名が示す通り、「相互協力」が改定の大きなポイントです。

旧安保では「米軍は日本を防衛する必要なし」「日本国内の内乱が起こったときなど、治安維持に米軍が介入することが可能」などとなっていますが、新安保では、日米の共同防衛を明確化(米が日本を守る・在日米軍への攻撃に対しては在日米軍と自衛隊が共同で防衛行動を行う)し、治安維持の条項は削除されます。また、在日米軍の配備や装備に大きな変更を行う際には、双方で事前協議することが義務化されるなど、対等性を協調したものです。

このほかに日米地位協定を取り決め、施設・区域の使用や各種の特権、民事・刑事の裁判権など日本国内での米軍の地位を定めることにしました。

さて、この新安保に対して、大規模な反対運動が起こりました。自民党からは「日中関係に支障が出る」として離党する者が現れます。社会党や共産党は座り込み・審議拒否など国会内で闘争を行いました。さらに、社会党や日本労働組合総評議会(総評)や全国学生自治連合会(全学連)、日中友好協会などが「安保改定阻止国民会議」を結成。集団デモなど反対運動(安保闘争)が繰り広げられます。

反対派の主張は、「米ソの冷戦に巻き込まれる」というものです。東西の対立は激化しており、中国と台湾は軍事衝突の可能性もあります。そして南北ベトナムで内戦勃発の兆しも見えていました。そのような状況の中でアメリカと軍事同盟を結べば、日本も戦争に巻き込まれてしまうと考えたのです。

この後、一連の安保闘争は、さらに激しいものになっていきます。

 

<主な出来事>

昭和32(1957)年

  • 6・21        岸首相とアイゼンハワー米大統領「日米新時代来る」の共同声明を発表
  • 6・27        立川基地拡張のため、砂川町で強制測量  反対派が警官隊と衝突
  • 7・8          反対派が基地内に侵入し逮捕される(砂川事件)
  • 8・1          米国防省が日本駐留陸上部隊の撤退を発表(昭和33(1958)年2月完了

昭和33(1958)年

  • 3・28         岸首相が衆議院で「在日米軍基地への攻撃は日本への侵略」と答弁
  • 5・22         第28回衆院選挙  投票率76.99%は戦後最高 自民党287、社会党166議席

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『報道写真に見る 日本政治の変遷』より抜粋

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写真提供:毎日新聞社

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